スポーツ情報&応援サイト すぽたま

スポーツをこよなく愛する者が、競技、選手、チーム等の注目した情報を書いていきます。

新井貴浩、2000本安打への道のり

      2016/04/28

新井貴浩選手はプロ野球選手でも限られた選手しか成し遂げられない2000本安打達成に今最も近い選手である。入団からコツコツ努力してようやく偉業を成し遂げようとしている。新井選手のこれまでの道のりを探ってみる。

スポンサーリンク




あの新井が

新井選手自身が「あの新井が・・・」と2000本安打に迫るまでの苦労を思い出しながら言った。

新井選手は1998年ドラフト6位で広島カープに入団。いまでは知らない人が居ないくらいの選手となっているが、入団当時はドラフトの順位でもわかるように決して注目される存在ではなかった。

しかし、猛練習で知られる広島カープの練習で毎日毎日コツコツ努力して実力をつけていった。自身を『下手くそ』だったと振り返る新井選手だが、その猛練習のおかげで徐々に結果を残すようになり、2005年にはホームラン王、2008年にはゴールデングラブ賞に輝いた。『あの新井が』球界を代表する選手になったのである。

広島の伝統

新井選手が猛練習に耐えられたのは偉大な先輩たちがいたからである。広島カープのレジェンド前田智徳氏、江藤智氏も泣きながらでも猛練習に耐え、名選手になってきたことを知っていたからである。

新井選手自身もしっかり練習する姿を若い後輩たちに見せなければいけないという責任感のもと、今でも猛練習を続けている。そしてそれを見た後輩たちが更にその後輩へと受け継いでゆく。それが新井選手が偉大な先輩たちから受け継いだ広島カープの伝統なのである。

広島愛

新井選手は2008年広島カープから阪神タイガースへFA移籍をした。広島をこよなく愛する新井選手、悩みぬいた上での決断だった。今だから言える事と前置きして、金本知憲・現阪神タイガース監督と同じチームで野球をしたかったと語っている。

広島のファンは厳しかった。新井選手が阪神に移って迎えた最初の打席で広島ファンから大ブーイングを浴びた。しかしそれは広島ファンも新井選手を愛していたからに他ならない。ブーイングも愛情の裏返しなのである。その証拠に2015年に広島に帰ってきたときは大歓声で迎えられている。

新井選手も広島のファンの応援を心の支えとして着実に2000本安打に近づいている。

金本知憲

新井選手を語るうえで避けて通れないのが金本知憲・阪神タイガース監督の存在である。広島、阪神と金本監督の背中を追いかけた新井選手にとって大きな存在である。奇しくも金本監督の2000本安打達成の日に新井選手が1000本安打を達成したことは有名である。

金本監督の過剰な愛情表現がしばしばネタにされる二人の関係であるが、金本監督の行っていた護摩行を新井選手も行っているなど新井選手は金本監督のことを非常に敬っているのが見て取れる。

野球に対する取り組みなど、時には厳しい表現で叱咤激励してきた金本監督も新井選手に特別な感情を抱いているに違いない。鉄人と呼ばれた金本監督の存在が新井選手に大きな影響を与えていることは確かである。

今シーズンから阪神タイガース監督に就任した金本監督。新井選手の2000本安打は阪神タイガース戦で達成して、金本監督が花束をもって新井選手に渡すシーンを想像したのは私だけではないはずである。

残念ながら、4/24阪神タイガースとの3連戦最終日、2000本安打まであと3本と迫りながら、この日のヒットは2本に終わり、それはならなかった。金本監督は花束を用していたのかは分からないが、それも新井選手らしい。

あと1本と迫った新井選手の2000本安打への道は、厳しいものであったが、多くの偉大な先輩と多くのファンに支えられて歩んでこられた。しかし、新井選手自身の人柄が多くの人に愛されていたから、みんなが応援してくれるのだと断言できる。私もその一人である。新井選手が2000本安打を達成する瞬間をわたしは見届けたいと思う

スポンサーリンク




 - 野球