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藤枝明誠野球部、光岡孝監督 野球を通した人間形成

   

静岡県の藤枝明誠野球部を率いるのは光岡孝監督である。指導者として甲子園を経験している光岡監督が藤枝明誠を強豪に育てあげた。今回は光岡監督について調べてみた。

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経歴

愛知県生まれの光岡監督は愛知の強豪・中京大中京でプレーし、中京大学に進む。大藤敏行監督の元で中京大中京のコーチを経験して指導を学んだ

2000年から静清に赴任し、2010年に監督に就任すると2011春の甲子園に出場した。1回戦で京都成章を9-3で破り、甲子園初勝利を挙げた。2回戦では強豪・日大三に惜しくも1-3で敗れた。

2013年の秋から藤枝明誠野球部監督に就任し、固い守備から攻撃に繋げる野球でコツコツ力をつけ、2016秋の県大会で準優勝し東海大会に出場した。2017春も3位と力を証明し、2017夏、創部35年で初めて静岡県の頂点に立った

堅守

藤枝明誠の特徴はその固い守備である。「守備では10割が求められる世界」と語る光岡監督は練習の多くを守備にあてる。追い込まれた場面での好守備でチームを救うプレーが生まれるのも日頃の守備練習の賜物なのである。

2017予選のスコアから豪快な打撃が特徴かとも思われるが、守備のリズムを攻撃に繋げた結果である。強打の智辯和歌山高嶋仁監督も「うちは守備のチーム」と言って憚らない。光岡監督も守備を疎かにする選手は使わないと言っている。

監督の謹慎

2016冬、藤枝明誠野球部員の遅刻や授業態度が問題となり、光岡監督が練習を1週間謹慎する事になった。それを機に、チームは変わった。ここで変われないとチームが終わると必死になった。

光岡監督の謹慎という、野球部にとっての一大事、しかも自分たちが原因という事を受け入れ、それを力に変えた。チーム存続の危機がチームを一つにしたのである。

光岡監督の人柄

藤枝明誠の甲子園出場が決まった事で、光岡監督の教え子達が祝福に集まった。その時点でOBに愛されている事が分かる。集まったOBに対して、「君たちの積み重ねで今がある、みんなで勝ちとった甲子園」と語った。

グラウンドが整備されていなかった当初、草抜きから始まった光岡監督の挑戦が実りの時期を迎えている。これからも藤枝明誠野球部の活躍は続きそうである。

静岡県の野球

サッカー所として有名な静岡県、しかし高校野球も春夏合わせて5度の全国制覇、6度の準優勝がある強豪県である。近年は常葉菊川静岡の活躍ぶりが顕著である。

藤枝明誠もスポーツに力を入れ高校サッカーでも全国大会出場を果たしている。野球部もそれに続く快挙である。陸上やバスケットボールも強く、藤枝明誠旋風が吹き荒れそうである。

最後に

光岡監督のモットーは野球を通した人間形成である。野球部の遅刻や授業態度で謹慎した事も、自身の責任を感じての事だろう。光岡監督の元で育った選手は野球でも社会に出ても活躍するのだろう。これからの藤枝明誠の活躍を期待している。

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