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花咲徳栄野球部、岩井隆監督の功績

   

埼玉県における高校野球の強豪、花咲徳栄。率いるのは2001年から指揮を執る岩井隆監督である。浦和学院春日部共栄聖望学園など強豪ひしめく埼玉県において、今一番勢いがある。花咲徳栄を強豪に育てた岩井監督について書いてみたいと思う。

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稲垣人司氏との出会い

岩井監督は中学生時代に当時、桐光学園(神奈川)の監督をしていた稲垣人司氏に出会う。稲垣氏の人柄や野球理論に触れた岩井監督は桐光学園に入学を決意する。卒業後、東北福祉大学を経て稲垣氏が監督を務めていた花咲徳栄野球部のコーチとして招聘された。

稲垣氏のもと、9年間花咲徳栄のコーチとして活動していたが、2000年秋に稲垣氏が急逝する。稲垣氏の後を継ぐ形で花咲徳栄野球部の監督に就任する。「おやじ」と慕っていた稲垣氏の急逝に最初は落ち込んだ岩井監督であったが、気持ちを奮い立たせてグラウンドに立った。そして就任1年で花咲徳栄を初めての甲子園に導く

甲子園での活躍

初出場の2001夏の甲子園で宇部商(山口)を破り、甲子園初勝利を挙げる。2回戦では優勝した日大三に敗れた。2003春には初戦、2回戦と連続でサヨナラ勝ちし、ベスト8に進出する。東洋大姫路(兵庫)との引き分け再試合(結果は延長サヨナラ負け)の熱闘は全国の高校野球ファンに強い印象を与えた

2010春は初戦で嘉手納(沖縄)を破るも2回戦で敦賀気比に敗れた。2011夏は初出場以来10年ぶりの夏だったが智弁和歌山の強打の前に沈んだ。2013春は浦和学院と埼玉県アベック出場を果たすが初戦敗退。2015夏は大瀧愛斗選手(埼玉西武ライオンズ)等の活躍でベスト8に進出優勝した東海大相模(神奈川)を追い詰めるもサヨナラ負け。しかし埼玉県勢として12年ぶりのベスト8進出だった。

育てたプロ選手

岩井監督が育てたプロ選手は、2001年甲子園初出場の際の主将である根本俊一選手(千葉ロッテマリーンズ)、2013春に四番捕手として出場し、本塁打も放った若月健矢選手(オリックス・バファローズ)、2015夏にベスト8進出の立役者となり打率五割をたたき出した大瀧愛斗選手(埼玉西武ライオンズ)がいる。

岩井監督は将来的にプロになれる選手に対しては非常に厳しく接する。しかし、プロ入りが決まると涙を流して喜ぶという。岩井監督の真意を知った選手との信頼関係は強い。

教え子を招聘

かつての師匠、稲垣氏と同様に岩井監督は教え子をコーチとして招聘した。2003春にベスト8に進出した時のエース福本真史コーチである。花咲徳栄の野球を知っている人材として適任であった。

また、かつての稲垣氏のように教え子を指導者として育てていきたいという思いもあるのかもしれない。教え子からその教え子へ、花咲徳栄の野球は受け継がれていく

まとめ

花咲徳栄は希望すれば野球部に入る事ができるが、その競争は激しい。チームもAとBに分けられる。練習時間も内容も変わってもくるというが、その中で選手自身が気付き、成長しないとレギュラーは掴めない。逆に言えばレギュラーである選手は精神的に自立した選手であるとも言える。若月選手はその最たる例である。岩井監督率いる成熟した花咲徳栄が甲子園で魅せる野球に注目したい

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