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原口文仁、育成選手から日本一の捕手へ

   

阪神タイガースの原口文仁選手は、2016シーズン開幕後に育成選手から支配下登録選手になり、その日のうちに一軍の試合に出場したことで注目を浴びた。あまりの急な一軍昇格にユニフォームが間に合わず、山田コーチのユニフォームを借りての出場が話題となった。苦労して掴んだ一軍昇格までの原口選手の経歴や捕手としてのこだわりを探ってみた。

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経歴

原口選手は小学校4年生から野球を始め、地元のリトルシニアを経て、名門・帝京高校野球部に入る。その2年生の時に本格手に捕手にコンバートされ、3年生の夏には甲子園出場を果たす。ベスト8入りの原動力となり、高校選抜にも選ばれた。

2009年ドラフト6位で阪神タイガースに入団。プロ入り後は2年目に二軍のウエスタンリーグで活躍するが、3年目に腰を痛めて殆ど試合に出場できず、シーズン終了後自由契約となり、育成選手契約となった。

それからも、ある程度結果は残すものの、支配下登録選手とはならなかった。転機は2015年の秋季キャンプ、金本知憲新監督に見出だされキャンプのMVPに選出された。

2016春期キャンプ、最初は二軍スタートだったら終盤に一軍に合流した。シーズンも最初は二軍だったが、4/27に支配下登録され、何とその日のうちに一軍デビューを果たす。その後もスタメンで出場も増え、打撃や強肩でもアピールし続けている。

原口選手の能力

掛布雅之二軍監督は一軍で活躍する原口選手についてこう語った

「びっくりもしたんですけど、結果に対して。でもやれるだろうなっていう気持ちもどこかに持っていたんです。原口という選手は一人で継続する力を持った選手なんです。」

掛布監督がやりすぎるなとストップをかけるまで原口選手は練習を辞めないという。黙々と自分の中で野球に対する準備を行う選手であると掛布監督は称賛する。

その日の打撃が良かった日には、合宿所に帰ってもその感覚を忘れないために延々とボールを打っていたという。そんな原口選手の姿を見てきた掛布監督にとっても原口選手の活躍は非常に嬉しかったようで、掛布監督にとって原口選手の活躍がここ最近の一番大きなニュースだという。

手袋をしない

捕手をする際、キャッチャーミットをする方の手に手袋をする選手も居るが、原口選手は素手のままである。

手袋をするのは汗でミットがぶれるのを防いだり、手の保護の意味もある。ただ、素手の感覚を大事にするために、素手のままミットをはめる選手も少なくない。

私は知らなかったのだが、手袋をはめると、ボールをこねられないルールがあるらしい。ボール交換の際、球審にボールをもらい、両手でこねてからピッチャーに投げるシーンを見かけるが、手袋をはめているとアレが出来ないのだ。原口選手はボールをこねたい選手なのだ。

新しいボールの場合、もみ砂という砂でこねられている。原口選手はそれを嫌い、ボールを手でこねているのだ。もちろんピッチャーも新球を嫌う選手も多く、ピッチャーの為にもこねているのだという。原口選手の捕手としての強いこだわりを感じる。

最後に

「ファームにいた6年間、一軍の試合を見れるときはすべて見ていたし、ピッチャーの印象も頭に入っているんで、組める日が来て役に立ったなという思いです。」

と語った原口選手。前途したように準備することを決して怠らない原口選手の努力が報われたのである。

「分析、研究、練習は好きではない。けどやらないと勝てない。やらないといけない責任あるポジションなので、嫌でも嫌いでも仕事だと思ってやっている。」

捕手としての責任感にが強く表れたこの言葉に原口選手の強い決意を感じる。どん底からはい上がった原口選手の目指すところは日本一の捕手なのだ。

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