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北海高校野球部、平川敦監督が新たなる伝統を作る

   

夏の甲子園に全国最多の36回の出場、春の甲子園でも準優勝したことがある北海道の名門北海高校。率いるのは自身も北海高校で甲子園を経験した平川敦監督。伝統校のプレッシャーを受けながらも結果を残してきた平川監督と北海の野球について調べてみた。

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経歴

北海高では1989夏の甲子園に投手として出場した。卒業後、北海学園大に進学すると大学在学時の1990年4月から北海高のコーチを務めた。大学卒業後は3年間の社会人として働いていたが、再び北海高校に戻り、1998年に野球部の監督に就任した。

監督就任1年後、1999夏の甲子園出場に導くも、以降は駒大苫小牧に盟主の座を譲り、甲子園から遠ざかる。しかし実に9年ぶりに2008夏の甲子園に出場、2011年春には玉熊将一投手を擁してベスト8に進出、夏も連続で甲子園に出場した。2015年にもチームを夏の甲子園へと導いた。

意識改革

北海の野球は守備からリズムを作って攻撃に繋げる野球である。同じことを掲げる強豪校も多い。しかし北海高校では一つの敗北から選手たちが中心となって意識改革をした。

2014秋の道大会決勝、東海大四(現・東海大札幌)に2-3で敗北した。チームのミーティングにより「一球一球に集中」というテーマが導き出された。以来、練習からも一球に集中するよう全員が意識を変えた。失策も減り、2015夏の南北海道大会決勝、延長戦にもつれ込んだ戦いでも集中は切れなかった。そして優勝し、甲子園の切符を掴んだ。

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実直で勉強熱心

駒大苫小牧が甲子園を賑わしていたころ、平川監督は本州まで足を運び、強豪校の指導を学んでいたという。その中でも広陵の中井哲之監督の指導に感銘を受けた(広陵・中井監督の記事はこちら)

選手の進学にも協力的で、進学先の大学に足を運んで練習や試合を見てくることもあるそうだ。また、力のある選手には東京への進学を推奨し、最近では玉熊投手が東京6大学の法政大学に進学している。

強力なライバルの中でも光る伝統の力

南北海道は今や戦国時代である。札幌第一、東海大札幌、札幌日大、北照、北海道栄、駒大苫小牧、どの高校をとっても十分に甲子園に出場する力がある。中でも夏の連覇を果たした駒大苫小牧の活躍は北海道に革命を起こした。

それからも北海のベスト8、東海大札幌(当時は東海大四)の準優勝など、北海道のレベルの高さを証明し続けている。それでも100年以上の時代を築いてきたのは北海であり、全国制覇に最も近づいたのは北海(1963春準優勝)だという事は監督も解っている。だからこそプレッシャーもあるが、毎年甲子園を目指せる戦力で挑み続けているのである。

まとめ

前途したように北海の歴史と伝統が平川監督の肩にのしかかる。しかし毎年、甲子園を目指して北海に入学してくる選手がいるかぎり平川監督の挑戦は続く。目指すは駒大苫小牧以来の全国制覇である。北海の歴史にはまだ全国制覇はない。新しい歴史を作れるのもまた、平川監督率いる北海なのである

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