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報徳学園、永田裕治監督、最後の春

   

兵庫県報徳学園永田裕治監督が2016春の甲子園を最後に勇退する。春10回、夏7回、全国制覇1回。自身も選手として全国制覇を果たした永田監督について調べてみた。

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経歴

永田監督は、兵庫県出身で報徳学園に入学すると外野手として大活躍。金村義明投手(元近鉄・西武)と共に1981夏の甲子園で全国制覇を成し遂げた。

報徳学園卒業後、中京大に進学し野球部で主将を務めた。桜宮高校野球部のコーチを経て1990年に報徳学園野球部コーチに就任、1994年には監督に就任した。

以降は春夏合わせて17回、母校を甲子園に導いた。2002春には大谷智久投手(ロッテ)を擁して監督として初めて全国制覇を成し遂げた。また、数多くのプロ野球選手を輩出した事でその指導力にも定評がある。

伝統の守備

報徳学園といえば守備が固いというイメージが強い。そんな堅守には日本一とも言われている練習量に加え、新たなトレーニングも導入されている。

それはシャドウスローイングというチューブで負荷をかけたスローイング練習で体幹を鍛えると共に安定したスローイングが出来るようにあるという。

股関節、足首、太腿と鍛え、下半身を安定させるフィジカルトレーニングも導入して持ち前の守備に磨きをかけている。

全員野球

100人を越える部員がいる報徳学園でも、永田監督はあまり選手を選別する事はなく、なるべく皆が同じ練習が出来るように心がけている。ノックでは同じポジションに7~8人居ることもある。

一見効率が悪いようにも見えるが、これが近道だと永田監督は考えている。全員がチームの事を考えられる報徳学園の全員野球はこれからも継承されていく

後継者

永田監督の後継者は教え子でもあり、部長でもある大角健二部長である。大角部長は永田監督の指導のもと、報徳学園の主将としてチームを春夏連続で甲子園に導いている。

まさに永田イズムの正統な後継者であると言っていい。永田監督は「自由にやったらいい」と語っている。大角部長にとっては非常にプレッシャーもかかると思うが報徳学園の全員野球でこれからも甲子園を沸かせてほしい。

まとめ

甲子園を彩った名物監督が居なくなるのは非常に寂しい。しかし、永田監督はまだ若いので、また何らかの形で高校野球に戻ってくる可能性は十分にある。この春の報徳学園には本当に注目して見たい

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