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市尼崎野球部、激戦区兵庫を制した竹本修監督

   

私学の強豪がひしめく兵庫県の高校野球において毎回上位に食い込んできた市尼崎2016夏の兵庫県予選決勝で明石商との公立対決を制し甲子園出場を果たした。市尼崎を率いるのは元プロ野球選手の竹本修監督である。竹本監督の経歴や、指導について調べてみた。

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経歴

熊本出身九州学院に入学、野球部で投手として活躍する。卒業後は中京大学へ進学、愛知大学リーグでマウンドに立つ1987年から1990年まで、阪急、オリックス(現オリックス・バファローズ)でプレーする。引退後は球団職員を4年間務めた後、教員採用試験を受け、兵庫県の教員になる。

武庫工の教員を経て1999年に市尼崎に転勤。野球部の部長を務めた後、2000年秋に監督に就任する。2002年に兵庫大会ベスト4入りを果たし、2004夏には甲子園出場まであと一歩に迫る準優勝を果たした。2016夏に33年ぶりの夏の甲子園出場に導いた。

プロ野球経験監督として

プロ野球を選手とフロントで経験してきた監督は、どういった考えや取り組みが出来る人がプロ野球で活躍できるか見てきた。逆に力があっても、取り組み方を間違えるとプロの世界を去らなければいけない厳しさも理解している

そして竹本監督は二人のプロ野球選手を育てた。それは金刃憲人投手(東北楽天ゴールデンイーグルス等)と宮西尚生選手(北海道日本ハムファイターズ)である。竹本監督は選手育成にも定評がある

逆にプロ野球出身監督として周囲から厳しい目で見られ、グラウンド内外の小さな事でも指摘される事も多々あった。竹本監督はマナーについては細かく厳しく指導した。

教え過ぎない

竹本監督は選手達に積極的に教える事は少なく、選手が困って聞き来たときにアドバイスするようにしている。就任当初は何もかも教えていたが、そもそも上達したいという気持ちが選手になければ伸びない事に気づいた。それから竹本監督は選手の質問を待つようになった。

また、最初は高校生だからこれは出来るだろうという先入観もあった。野球の第一線にいた竹本監督にとってその先入観が指導の邪魔をした。経験を積み、高校生の目線で指導するようになり、力のある選手を次々に育成した。

良い選手とは

同じ練習をしていても意識が違うと全く違った内容になってしまう。良い選手というのは何事にも高い意識でのぞめる選手である。プロ野球選手を経験、育成した竹本監督はそれを分かっている。

金刃投手はこちらが言わなくても、何事にも高い意識で取り組んでいた。そんな選手がプロに行っても活躍できる選手なのである。

まとめ

とうとう甲子園の扉を開いた竹本監督。群雄割拠の兵庫県において公立校の活躍は明るい話題である。2016夏の決勝を戦った明石商も春の甲子園でベスト8に入り、兵庫県も新しい風が吹いているのかもしれない。甲子園でも市尼崎旋風が吹き荒れる事を期待している



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