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福士加代子、最速タイムで代表決定!リオにかける想い

   

福士加代子選手がマラソンのリオデジャネイロ・オリンピック代表に決定した。代表に選ばれた3人の中では最速タイムを出しての選出である。個人的に同世代である福士選手の快挙は非常に嬉しく思う。福士選手はここに至るまで困難と挫折を繰り返してきた。しかし、決してあきらめることなく何度も立ち上がり掴んだオリンピックの切符。これまでの道のりとリオへの想いに迫った。

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ワコールに入社後、トラックの女王へ

福士加代子選手は青森の五所川原工業高校を卒業後、ワコールに入社する。高校時代はこれといった成績は残せなかった福士選手であるが、ワコール入社後、実力をつけてきて、トラックレースや駅伝などで結果を残すようになる。

トラック競技の強さは群を抜いていて、5000m、10000m走では日本記録を樹立し、未だにその記録を保持し続けている。

また、ロードレースでも2006年の丸亀ハーフマラソンにて日本記録を樹立し、同時に15㎞、20㎞の日本記録を出した。

当時トラックの女王とまで呼ばれた福士選手のマラソン挑戦は世間でも期待をもたれていた。

マラソン挑戦と挫折

福士加代子選手のマラソン初挑戦は2008年の大阪国際女子マラソン。北京オリンピックの選考も兼ねており、相当な期待を背負って走った。しかし、30㎞付近から失速し、ゴール直前では身体がまともに動かず、転倒を繰り返す。それでも何度も立ち上がり、笑顔でゴールを目指す姿に感動したのを今でも覚えている。

4年後の2012年、ロンドンオリンピックを目指して再び大阪国際女子マラソンに挑む。しかし再び30Km付近で失速し、9位の成績でオリンピックを逃す。

2013年世界選手権モスクワ大会の女子マラソンで銅メダルを獲得するも、オリンピック選考レースでの2度の失速は、福士選手にとって大きなトラウマとなっていた。

ケガを乗り越えてリオ挑戦

マラソンをやめる事もよぎったが、悩みぬいた福士加代子選手は三度、オリンピックに向けてトレーニングを始める。ケニアの男子選手との合同トレーニングで世界のスピードとスタミナを体感、マラソンへの手応えを掴みかけた矢先にケガが襲う。

10か月の間に、右足小指の付け根など3度の骨折に見舞われる。手術も行われ、リオを目指すプランが大幅に狂った。しかし、マラソンを走るたびに見えてくる自分の弱さに打ち克つために走ることを決めた。

そして迎えた3度目の選考レース。舞台は2度の失速を味わった大阪国際女子マラソン。鬼門の30㎞でも失速することはなく、独走状態で競技場へ。8年前同じ舞台で何度も転倒しながらも笑顔でゴールした。今回は同じ笑顔でも1番最初にゴールテープを切った。日本陸連が設定した選考基準タイムを上回っての優勝である。3度目の挑戦でついにオリンピックの切符を手にしたのである。

リオへの想い

リオデジャネイロ・オリンピックの代表選手に決定したあと、福士加代子選手はこうコメントを発表した。

「リオデジャネイロオリンピック女子マラソンで私は金メダルが欲しいので、何があろうとあきらめずに覚悟をもって走ってきます。」

2度にわたって選考レースに敗れた福士選手。今回選考されなかった選手の想いは誰よりもわかっていると思う。覚悟をもって走るとはそういった想いを背負っていると私は感じている。

天真爛漫に見えて、恩師や人の想いを支えにする福士選手。リオデジャネイロ・オリンピックでも、いつもの笑顔で魂の走りを期待している。

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