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小林誠司選手、悲劇を乗り越え巨人と日本の正捕手になった男

   

読売ジャイアンツ(以下巨人)の小林誠司選手。2013ドラフト会議で彼の名前を聞いた時に私は嬉しさがこみ上げてきた。小林選手について書いていたい。

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印象に残った選手

それは2007年夏の甲子園だった。野村祐輔投手(広島カープ)と小林選手とのバッテリーで決勝戦まで進んだ広島県代表の広陵高校。決勝戦も佐賀北に8回まで完璧に抑えて4-0でリードしていた。しかし悲劇は起こった。微妙なボールが全てボール判定、ついに押し出しで1点を与えてしまう。この時、小林選手はグラブを叩きつけて悔しがっている。

その次のバッターに満塁本塁打を打たれ、広陵は土壇場で逆転負けを喫した。広陵の中井哲之監督は試合後、審判の判定を批判した事で厳重注意を受ける。私も個人的に中井監督の気持ちが解るくらい微妙な判定が多かった。高校野球ファンにも印象に残っている試合だと思うが、あの時の広陵の捕手が小林選手なのだ。

巨人へ

高校生があの試合を受け止めれたか、私は気になっていた。野村投手は明治大学から広島カープへ入団した。ああよかったなぁと思いつつ小林選手の名前が無いのが残念だった。勝手にプロを諦めたのかなと思っしまった。

小林選手は同志社大学に進化してリーグ制覇にも貢献、全国大会にも出場した。野村投手が指名されたドラフト会議でも有力選手になっていたが、ドラフト1位以外だと日本生命に行く事を決めていたので指名されなかったようだ。

しかし、日本生命でも社会人ベストナインに選ばれる活躍。そんな活躍が評価されて2013ドラフト会議で巨人に1位指名された。この時、小林選手の名前を見て私は、あの苦しい敗戦を経験に変えたんだと嬉しく思った。

プロの厳しさ

巨人には阿部慎之助選手という絶対的な正捕手がいた。しかし、阿部選手のコンディションを考え、後継者と期待されたのが小林選手だった。1年目からマスクを被る事もあった。2年目は開幕戦に出場するなど徐々に出場機会も増えた。

3年目には阿部選手の故障もあり、正捕手として活躍。秋には侍ジャパンに選出されるも、変化球の後逸が目立ち、野村克也氏、古田敦也氏など名捕手だった解説者に酷評される事もあった。また、打率が.204と打撃が大きな弱点とされた。

阿部選手と自主トレ

小林選手は阿部選手に弟子入りする事を決めて阿部選手の自主トレに帯同した。今までは身近に居たがどこか遠慮する所があり、阿部選手に質問する事ができないでいた。

決意の丸刈りで阿部選手と共にトレーニング。阿部選手も自身の経験を教え込んだ。阿部選手は小林選手の変化と進化を認めて、2017シーズンは内野手としてプレーすると話している。2017WBC侍ジャパンに選ばれた小林選手に阿部選手から激励のメールが届き、小林選手は勇気をもらったという。

日本の正捕手

正捕手が固まらなかった侍ジャパンだったが、肩の強さも評価されてマスクを被る事も増えた。強化試合を経て開幕戦のマスクを被った小林選手、第2戦のオーストラリア戦で絶体絶命のピンチを背負った岡田俊哉投手(中日)に、絶妙な間をとって救った。

その場面が、捕手を褒める事が少ない野村克也氏の目に止まり、絶讃されている。正真正銘の侍ジャパンの正捕手としてチームを引っ張る活躍をしている。課題の打撃も本塁打含め、非常に粘り強いバッティングで勝利に貢献している。

まとめ

あの悲劇を経験した選手が、ドラフト1位でプロになり、日の丸を背負って戦う姿に熱いものがこみ上げてくる。小林選手には本当に頑張ってもらいたい。力の限り応援する

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