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八戸学院光星野球部、仲井宗基監督の悲願

      2016/03/11

全国制覇まであと1勝というところまで3度も迫った青森の八戸学院光星高校野球部。2010年春に光星野球部の監督に就任し、2011夏から翌年の夏まで3季連続の甲子園での決勝進出に導いた仲井宗基監督。甲子園での勝率は7割以上を誇る。そんな仲井監督の経歴、悲願の全国制覇への想いに迫ってみた。

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仲井宗基監督の経歴

大阪府出身、桜宮高校では大阪大会準優勝。その後、東北福祉大学に進学し、3回生の時に控え捕手として全国制覇を果たした。しかし肩を壊してしまい、選手生活を断念し指導者の道を志した。

大学を卒業した1993年、光星学院のコーチに就任。当時の金澤成奉監督(現・茨城の明秀学園日立監督)と共に指導にあたった。

金澤監督の後を受けて監督に就任したのは2010年春であった。翌年の2011年夏、いきなり夏の大会で準優勝の結果をのこす。秋も田村龍弘選手、北条史也選手を擁し神宮大会優勝、翌春の選抜大会では優勝候補に挙げられた。

東北勢初の全国制覇を期待された、2012春、夏と共に決勝で大阪桐蔭高校に敗れ3季連続の準優勝となった。

打ち勝つ野球

仲井宗基監督監督就任初めての春の東北大会において、仙台育英(宮城)に17三振を喫して敗れた。それ以来、徹底的に打力を鍛えた。約13メートルの距離での打撃練習「近距離バッティング」により培われた打撃力は、「強打の光星」を全国に印象付けた。

「バッティングで一番大切なのはタイミングです。」

と語る仲井監督。近い距離で全力で投げる打撃投手の球を打ち返すにはうまくタイミングを取らなければならない。投手は実戦的に変化球も交えて投げるので球を見極める練習にもなる。

「芯に当てるのが難しいので、より技術が必要。ヘッドの重みを感じながらスイングできる。」

という理由で近距離バッティングでは竹バットが使用されている。その結果どんな速球投手にも振り負けない打ち勝つチームが誕生したのである。

外人部隊

光星は野球の強豪校であると同時に「野球留学校」である。主に近畿圏からの来る選手が目立つ。

「うちのチームに常に付きまとうのは県外の選手が多いという事。何かとマイナスなイメージに受け止められる。」

仲井宗基監督の東北を思う気持ちは強い。だが、上記の理由から軽はずみなことは言えないという習慣がついている。

「同じ日本なのに外人部隊と言われるのは寂しい。高校野球は何かという答えはわからないけど、もっと地域で応援してもらえるようなチームにしたい。」

近年では地元の選手も増えているが、県内、県外に関わらず高校生である選手たちが自分で考えて光星で野球がしたくて入学したのである。甲子園に出たい一心で一生懸命練習している選手たちを私は心から応援したいと思う。

悲願

「決勝までは運で来られる。でも決勝だけは、それだけでは勝てない。」

決勝に3度挑んで跳ね返された仲井宗基監督だからこそ出た言葉である。だが3季連続準優勝も悲運であるが偉業でもある。

「監督としてのキャリアはないが、一番甲子園での決勝の経験がある。日本一を目指す責任があると思っています。近年東北のチームは当たり前のように勝つじゃないですか。1,2回勝手喜んでいる時代は終わったんだと。これからもその先頭に立っていけるように全国制覇を目指して頑張ります。」

そう語る仲井監督。八戸に住んで20年が過ぎた。

青森のために、東北のために堂々と戦い、悲願の全国制覇を成し遂げてもらいたい。

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