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松田宣浩選手を躍進させた兄の存在と卓越したリーダーシップ

   

福岡ソフトバンクホークス(以下ホークス)の松田宣浩選手。走・攻・守揃った日本を代表する内野手の一人である。そんな松田選手について調べてみた。

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簡単な経歴

松田選手は滋賀県出身で双子の兄と共に小学生の頃から野球を始めた。中学生時代は栗東ボーイズに所属し、全国大会にも出場した。兄と共に岐阜県の中京商業(現・中京)に進学。2年生の時に夏の甲子園に出場した。

亜細亜大学に進学した松田選手は、1年生から活躍し、2年連続で大学日本代表になるなどプロ注目選手となった。東都大学リーグでも通算15本塁打など活躍し、ドラフト希望入団枠でホークスに入団した。

ホークスでも即戦力として活躍、以降怪我以外のシーズンはフルイニング出場にこだわる、ホークスには無くてはならない選手となった。ゴールデングラブ賞も獲得するなどその総合力が認められて2013.2017のWBC侍ジャパンのメンバーにも選出された。

兄の存在

松田選手には双子の兄がいる。何をしても兄の方が一歩先を行っていたという。小学校時代は兄がキャッチャー、松田選手がピッチャーの兄弟バッテリーで活躍した。栗東ボーイズでは肩の強い兄がピッチャーに、松田選手はショートに回った。

その頃からバッティングだけでも兄を上回ろうと松田選手は努力を繰り返した。兄から見ても野球バカと思うほど長時間にわたり父とバッティング練習をしていたという。近くに兄という目標があったからこそ、松田選手は成長できたのだ。

1球の大切さ

松田選手は高校2年生の時、夏の甲子園に出場し初戦で那覇高校と対戦した。延長戦の末、1-2で敗戦を喫した。松田選手の悪送球が決勝点となり敗れた上、次戦登板予定だった兄の出場機会を消してしまった。

それ以来、松田選手は1球の大切さを胸に刻み、キャッチボールなど基本からしっかりこなすようになった。今では5回のゴールデングラブ賞を受賞するなど球界を代表する三塁手となっている。高校時代の苦い経験が今でも活きている

打撃と走力

中学生時代から磨き続けた打撃には定評があり、引っ張る事が多いプルヒッターである。手首が強いので、それを活かしたバッティングの指導をうけ、更にバッティング技術が向上した。

足も速く、盗塁王などのタイトルは獲った事が無いものの、スピードに乗った時が早く、三塁打の多さがそれをものがたっている。高いレベルでバランスの取れた松田選手は常に侍ジャパンに選ばれるようになった

ムードメーカー

松田選手の最大の武器は明るい性格である。松田選手は大学3年生時にチームの不祥事で半年間の体外試合禁止処分を受けた二部降格が決定的になり、期待された本塁打記録の更新も夢と消えた。しかし、松田選手は主将としてチームをまとめ二部優勝を果たし、チームを一部に昇格させて卒業した。

プロ入りしても、チームを引っ張る意識は変わらずいつも明るくベンチを盛り上げている姿が印象的である。侍ジャパンでも、各チームの主力選手をまとめて一つになるためには松田選手の力が必要不可欠である。

まとめ

松田選手も今やベテラン選手の一人として若手を引っ張っていく立場である。今後の野球界の為にも、若い選手達を明るく熱く背中で引っ張っていってもらいたい。松田選手をこれからも応援していきたい

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