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宮里藍選手が女子ゴルフ界に残した功績と、彼女が愛される理由を考察した

   

寂しいニュースが飛び込んできた。女子プロゴルファーの宮里藍選手が今シーズン限りで引退するとの事だ。浅田真央さんに続き、世界のトップに立った選手の引退は寂しいが、これからの活躍を応援していきたい。

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宮里選手は沖縄県出身で、小さい頃から父親の指導のもと、ゴルフの腕を磨いた。兄が東北福祉大学に進学していた事もあり、宮里選手も東北高校に進学した。

高校2年生でアジアを制し兄の宮里優作選手も日本学生ゴルフ選手権を3連覇していた事から「天才兄妹」として世間の注目を浴びるようになった。

当時のゴルフは人気が低迷していたが、宮里選手の活躍や同年代のライバル横峯さくら選手の台頭など、少しずつゴルフ人気が回復していった。後に、人気女子プロゴルファーも大勢出てきてゴルフ人気は不動のものとなったが、その火付け役となったのが宮里選手であることは間違いない

宮里選手は日本を飛び出し、海外に活躍の場を移した。米国のLPGAツアーに参加し、これまでに9勝している。これは日本人選手として最多記録である。世界ランキングも1位を獲得し、名実共に世界トップクラスの選手となった。

宮里選手の後を追うように数多の女子プロゴルファーがLPGAツアーに挑戦した。そんな選手達の支えになっていたのも宮里選手である。慣れない選手に対して世話をするなど、宮里選手に感謝する女子プロゴルファーは多い。引退に対しての反響などを見ても宮里選手がいかに人格者だったかが見て取れる。

宮里選手を育て上げた父の指導プロゴルファーである前に人格者であれというものだった。正にその通りに宮里選手は成長した。父は決してスパルタではなく、褒めて伸ばす指導をしていた。引退を話した時も快く受け入れたという。

常に第一線で戦ってきた宮里選手。モチベーションの維持が難しくなった事が引退の理由であるように、常に気の張った中でプレーしていたはずである。我々にはわかり得ない心労もあったに違いない。引退後は楽しくゴルフをプレーして欲しい。

私が最も印象に残っているのが、2005年南アフリカで行われた女子ゴルフW杯である。北田瑠衣選手と共に世界の頂点に立った姿を今でも鮮明に思い出す。「ゴメンは言わない」との約束のもと、お互いをカバーしながら勝ち上がった姿に感動した。

日本女子選手が世界で戦える事を証明した宮里選手。もの凄く誇らしかった事を昨日の事のように思い出す。そんな素晴らしい気持ちにさせてくれた宮里選手には感謝の気持ちで一杯である。

もう少しだけ競技生活も残っていると思う。最後まで宮里選手らしいゴルフで戦い抜いて欲しい。心から応援している

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