スポーツ情報&応援サイト すぽたま

スポーツをこよなく愛する者が、競技、選手、チーム等の注目した情報を書いていきます。

長崎日大野球部、金城孝夫監督 受け継がれる遺志と夢

   

長崎日大は長崎県における高校野球の強豪である。率いるのは金城孝夫監督である。金城監督は沖縄県出身で沖縄に初めて優勝旗を持ち帰った監督である。そんな金城監督について調べてみた。

スポンサーリンク




経歴

金城監督は豊見城高校野球部でプレー栽弘義監督の元で腕を磨いた。その後、中京大学に進学し、卒業後は弥富高校(愛知)の野球部監督として指導者の道を歩み始めた

1998年に沖縄県に帰ってくると、沖縄尚学の監督に就任した。その翌年、比嘉公也投手(現沖縄尚学監督)、照屋正悟投手の2枚看板を擁して春の甲子園を制し、沖縄県に初の優勝旗を持ち帰った。

比嘉公也選手は後に沖縄尚学の監督として春を制する。

比嘉公也監督の記事はこちら

その後、沖縄を離れ、長崎日大の監督に就任2007夏の甲子園では準決勝に進出、がばい旋風の佐賀北に敗れはしたが、長崎日大の戦いぶりは多くの人の心に残った。また長崎日大の教え子には大瀬良大地投手(広島カープ)が居る

栽弘義監督

金城監督は豊見城時代に栽監督の指導を受けている。その後、栽監督と同じく中京大学から高校野球の指導者となった。金城監督が率いた弥富には度々栽監督が遠征に訪れた

その際、また沖縄水産が甲子園に出場した際は栽監督と話し込み、指導者としての力を磨いた。金城監督は栽監督の事を「オヤジ」と慕い、栽監督が出来なかった全国制覇を成し遂げた。

近年は風貌も栽監督に似てきたと言われる事もある。沖縄県の高校野球の礎を築いた栽監督の遺志を引き継ぎ、長崎に移った今、次は夏を制覇するために金城監督の挑戦は続く

沖縄出身選手

金城監督が、沖縄出身という事で長崎日大の選手の中には毎年、沖縄出身の選手がいる。金城監督も、沖縄の中学野球大会に足を運んでいるという。

沖縄の選手の野球留学に複雑な感情の人もいるかと思うが、選手自身が金城監督のもとで野球がやりたくて長崎日大を選んでいる。私は選手自身の判断が全てだと考えている。それだけ金城監督の野球が魅力的だという事である。

守備

金城監督の野球は師匠である栽監督の豪快な野球とは一線を画しバッテリーを中心とした強固な守備が特徴である。失点を最小限に抑え、勝利に繋げる。

ベスト4年に進出した時も2回戦、準々決勝では失点を1点に抑えて勝ち進んだ。無得点に抑えてられた準決勝では敗れたが、好守の印象が残っている。

大事な事は日常生活にあり

金城監督の指導は野球以外の日常生活にも及ぶ。毎朝の清掃活動や読書を行い、グラウンドでは野球技術、球場の外で人格形成に力を入れている

その方針は強豪校からも注目され、長崎日大に勉強に訪れる事もあるという。近年は野球だけ上手くても入れない学校が増えている。高校生という時期に野球以上に大切な事を教えるのも指導者の大切な仕事である。

最後に

長崎県の高校野球、最近は少し元気が無いように思う。長崎日大の躍進が期待される。海星や創成館も力があり容易には甲子園に来れなくなってきている。長崎県のレベルアップの為にも金城監督にはずっと頑張ってもらいたい

スポンサーリンク




 - 野球