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中田翔選手のリーダーシップ

   

今や日本を代表するスラッガーである日本ハムファイターズの中田翔選手。若手を引っ張るリーダーでもある中田選手に迫ってみた。

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プロまで

中田選手は広島市出身で小学3年生から中学3年生まで広島鯉城リトルシニアでプレーした。小学生の頃から中学生の投手相手に本塁打を放つなど規格外の力を持っていたという。中学生の時には日本代表のエースで四番として大活躍した。

大阪桐蔭西谷浩一監督の熱心な勧誘をうけ、大阪桐蔭に進学、1年生からレギュラーとして夏の甲子園に出場した。高校通算87本塁打を放ちドラフトの目玉として注目された。4球団競合の抽選の末、日本ハムに入団が決まった。

二軍生活

中田選手はプロでもすぐに活躍出来ると思い込んでいたようであるが、育成に定評のある日本ハムで開幕一軍とはならなかった。中田選手自身が語るように肩が出来上がってきた一軍投手には手も足も出なかったという。

長い二軍生活を抜け出すきっかけとなったのは3年目序盤で負った怪我である。手術が必要な大怪我だったが、野球から離れる事でもう一度自分を見つめ直す事が出来た。今までの実績やプライドを捨てて死に物狂いで野球に取り組む事を決めた。復帰後の一軍でのチャンスを掴んだ中田選手は日本を代表するスラッガーへの階段を登り始めた。

栗山英樹監督

2012年に日本ハムに栗山英樹監督がやってきた。栗山監督は四番に中田選手を固定することを決断した。調子の悪い時でも栗山監督は中田選手を四番で起用し続けた。どんな投手相手でも強いボールを打ち返せる中田選手の力を栗山監督は見抜いていた。

2017シーズン、中田選手が不調に陥った時に栗山監督に二軍に落として欲しいと相談しようとした事があった。栗山監督と話をした時、「翔で勝負してダメなら、納得ができる」と言われた。それ以来、中田選手は奮起しチームを日本一に導き、栗山監督を胴上げした。

下半身強化

中田選手の活躍を支えているのはオフシーズンの下半身強化である。名トレーナーであるケビン山崎のもと、厳しいトレーニングを科している。中田選手はオフシーズンこそライバルに差を付け、目標に追いつける大切な時間だと捉えている。

毎年、ハワイで行われる自主トレーニングは過酷を極める。坂道や、チューブを使ったトレーニングで下半身を鍛えぬく。引っ張らなくても強い打球が打てるようになったり、1シーズン通して質の高いプレーが出来たり、その成果は確実に出ている。

中田会

中田選手は交流戦で広島に行くと必ず実家に若手選手を呼んで食事会を行う。2017日本シリーズの相手が広島カープだったため、日本シリーズ直前にも行われたという中田会。日本ハムの団結力はこのような所から生まれているのだ。

中田選手は若手選手に大将と呼ばれて慕われている。後輩に厳しいようなイメージもあるが、ファンとの交流会や中田会の映像を見る限り、寛容な所がある。そんな中田選手のリーダーシップが日本ハムを日本一に導いた要因である事は間違いない。

まとめ

中田選手はプレースタイルから豪快なイメージがあるが、実は繊細で真面目である。真摯に野球と自分に向き合っているからこそ、結果と後輩がついてくるのだ。中田選手をこれからも注目して見守りたい。

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