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沖縄尚学野球部、比嘉公也監督が沖縄野球を引っ張る

   

沖縄尚学高校野球部を率いるのは、選手・監督双方で沖縄尚学を全国制覇に導いた比嘉公也監督である。ここでは比嘉監督について書いていきたい。

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経歴

比嘉監督は沖縄尚学のエースとして活躍、1999春の甲子園で優勝して初めて沖縄に優勝旗を持ち帰った。愛知学院大学に進学後も野球を続けたが、怪我により選手の道を諦めざるを得なかった。

在学中に母校の臨時コーチをしたことがきっかけで指導者の道を志した比嘉監督。在学中に公民の教員免許を取得する一方で野球部の学生コーチも務めた。

沖縄に帰り、沖縄大学で地理や歴史の教員免許を取得していた比嘉公約に沖縄尚学から監督就任の話がきた。沖縄尚学野球部監督に就任した比嘉監督は東浜巨投手(福岡ソフトバンクホークス)を擁して2008春の甲子園で全国制覇を成し遂げた。

学業優先

社会科の教員でもある比嘉監督。沖縄尚学の野球部員達は野球だけに没頭できる訳ではない。学業を疎かにする選手は練習にすら参加する事が許されない

選手の補習には比嘉監督も同席するため、補習を受けるとチーム全体に迷惑がかかってしまう。その為に選手は学業に手を抜く事は無くなるという。学生の本分は学業であるという比嘉監督の信念がある。

恵まれていなかった環境

沖縄尚学には数年前まで野球部専用グラウンドが無かった。そんな環境で春2回の全国制覇を成し遂げた。狭く、やることが制限された事で、必要な事に集中して練習できたという。

今では専用グラウンドが完成して、広さでの制限は少なくなった。しかし、欲張り過ぎないというこれまでの指導法は変わってはいない。比嘉監督は与えられた環境でできる事を実践している。

ノック

比嘉監督はノックに力を入れる監督の一人である。打撃練習はしなくてもノックだけは絶対に行うというくらい拘りがある。ノックは凄絶で一時間を超えることもあるという。

ランナーを置いたノック等、実戦形式のものが多く、選手を鍛え上げている。打撃に力を入れる強豪校が多い中、比嘉監督はあくまで守備重視である。ノックが出来なくなったら監督を辞める…そう言えば高嶋仁監督(智弁和歌山)もそんな事を言っていた気がする。

当たり前の事を

比嘉監督は、選手時代に生活面での指導を受け全国制覇を経験した。沖縄県特有のルーズな面を改善してきた事で勝つ事ができたと確信している。どうしてもおおらかな性格をした県民性が勝負事に向かないとは前から言われていた事ではあったが、比嘉監督はそれを身を持って体感した。

時間を守るとか、そういった当たり前の事が勝利に繋がった。前途した、学業に力を入れるのもそういった考えが根底にあるのは間違いない。沖縄と甲子園をよく知る比嘉監督にしか出来ない指導なのかもしれない。

最後に

沖縄尚学の全国制覇以降、興南の春夏連覇もあり、沖縄の高校野球はすっかり全国クラスと認識されるに至った。初めて沖縄に優勝旗を持ち帰ったエースが監督になってまた全国制覇する。沖縄の高校野球の夢と希望が詰まった沖縄尚学をこれからも応援していきたい。頑張れ比嘉監督。

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