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履正社高校野球部、岡田龍生監督の自分で考える練習

   

大阪の高校野球の強豪、履正社高校。その履正社を長年にわたって指導してきたのが岡田龍生監督である。専用グラウンドも無く、部員も少ない状態から岡田監督が履正社を強豪に育て上げた道のりと、指導法について調べてみた。

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監督就任

1983年、福島商業から履正社に改称してから四年後の1987年、岡田監督は履正社高校野球部の監督に就任した。

当時は専用グラウンドもなく、他の部と共用で、全くグラウンドが使えない日もあったという。部員も少なく、中学校まで他競技をしていた選手もいた。

そんな過酷な環境のもと、徹底的に守備、走塁、バントを鍛えた。エラーが絡む失点を防ぎ、しっかり守って少いチャンスを確実にものにするため、一つでも本塁に近い所にランナーを進めた

そんな、努力が実を結んだのが1997年の夏の甲子園初出場である。PL学園を代表とする大阪の豪快な野球ではなく小技を駆使したチームが話題を集めた。

大阪桐蔭との二強時代

大阪を勝ち抜くためには大阪桐蔭を倒さなければいけない。履正社も何度となく、この大きな壁に甲子園への道を阻まれている。

大阪予選が全国屈指の激戦区と呼ばれるのは、出場校の数だけではない。シード権が無くいきなり強豪同士の対戦もある。2015年の夏の予選の1回戦で大阪桐蔭と履正社が対戦した事は記憶に新しい。また大会前の組み合わせ抽選に加え、大会中に抽選が2つ入るため先を予想できない。

2015の秋は大阪桐蔭が近畿大会を制し、選抜出場を決めた。2016の春はその大阪桐蔭を倒した履正社が圧倒的な力で近畿大会を制するなど、今や大阪は大阪桐蔭と履正社の二強時代と言っても過言ではない。

成熟したチーム

高校生ともなると、大人の考えができてくる年代でもある。履正社ではノックなどの全体練習以外の時間は選手個人に自主的な練習をさせている。各個人が自分の課題と向き合い、成長していくのである。

もちろん、強制では無いため怠けようと思えば怠けられる。しかし、そんな選手は必死に練習している選手に差をつけられポジションを失うのは明白である。それも十分に理解した上で選手達は日々、個人練習に励んでいる。

自分で考えることを大切にするのは岡田監督の経験からである。岡田監督の高校時代はやれと言われたことをやるだけの練習だったという。その後、大学や社会人で相当苦労したという。高校時代から自分で考えてやる事に慣れておけば、その先の人生で困らないのではないかと岡田監督は考える。

そして、そんな練習環境の中から山田哲人選手やT岡田選手など、球界を代表するような選手が生まれていることも揺るぎない事実である。

寮が無い

履正社は強豪校にしては珍しく寮が無い。全員が通学のため平日の練習は約3時間ほどであり、これも強豪校にとっては短い練習時間である。専用グランドができたのでそれを除き、ほとんどが全国の公立高校と同じ環境と言っていい。

その中で、3時間の全体練習とプライベートな時間の自主練習でいかにして強豪校に対抗していくか自分たちで考えなくてはいけない。前途したように、それが岡田監督の狙いでもある。

まとめ

前途したように、履正社は甲子園に来るために強豪ひしめく大阪予選を勝ち上がらなければならない。しかし、大阪の履正社に入った時点でそれだけの覚悟と自覚を持っているはずである。だからこそ自主性に任せた成熟したチームができるのだと思う。

岡田監督は、甲子園に出ることが出来なくても解説者としてテレビに出演する。その一言一言から岡田監督の高校野球に対する気持ちが伝わってくる。そこにも是非注目していただきたい

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