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星稜高校サッカー部、河崎護監督のチーム育成

   

高校サッカーにおいて、毎年のように上位進出してくるのが石川県の星稜である。2012年選手権ベスト4、2013年選手権準優勝、2014年選手権優勝と輝かしい成績を誇る星稜を率いるのは河崎護監督である。河崎監督はいかにして星稜を全国の強豪に育てたか調べてみた。

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経歴

河崎監督は25歳で星稜の監督に就任。当時、力の無かったサッカー部を強化するため、父親から借金をしてバスを購入し、遠征に出かけた。また、石川県内へ強豪チームを招いたフェスティバルを開催し、今では100を越えるチームが参加している。

冬場も雪の降らない太平洋側への遠征を繰り返し、中日本スーパーリーグを創設して強化を続けた。本田圭佑選手や豊田陽平選手など日本を代表する選手を育成し、インターハイ準優勝(2007年)、選手権準優勝(2013年)、優勝(2014年)など星稜を全国の強豪チームに育てあげた。

石川県ユースサッカーフェスティバル

1985年のインターハイ開催に向けて1983年より夏休みを利用して石川県内の高校の強化を図るために発足したのが石川県ユースサッカーフェスティバルである。1985年には消滅するはずであったこのフェスティバルを河崎監督が石川県や北陸のチームが強くなるためには必要だと存続させた。

前橋育英山田耕介監督や四日市中央工樋口士郎監督など全国クラスのチームの賛同をうけ、フェスティバルは能登半島にまで拡大。今や日本最大級のフェスティバルに成長した。初期に宿舎の確保、グラウンドの確保に尽力した河崎監督の功績は大きい。

ジャパンユースプーマサッカーリーグ

雪の北陸では試合が出来ないと1998年に河崎監督や富山第一峰俊之監督(現部長)らが中心となって東海地方のチームと試合を行う中日本スーパーリーグを創設した。

回を増す毎に参加チームは増え、スポンサーもつく大きな大会に成長した。そういった全国の強豪と対戦できる機会を作っていった事がチームの強化に繫がっていった事は言うまでもない。

木原力斗氏

全国制覇した2014年選手権に交通事故にあった河崎監督の代わりに監督代行を務めたのが木原力斗コーチである。木原コーチは吉備国際大に在学中の縁で星稜に指導者として勉強に来た。河崎監督の元で指導を学んだ

河崎監督は情熱のある人が好きであり、指導者の勉強をするために星稜までやってきた木原コーチにも愛情もって接し、指導者として育成していった。それこそ、監督不在という大きなアクシデントをも力に変えた大きな要因である。

全国の指導者仲間

2013年の選手権決勝。共に北陸を強くしようと頑張ってきた富山第一を相手に2-0とリードしながら残り5分の内に2失点を喫し、延長戦で逆転負けをした。さすがの河崎監督も落胆し情熱の火が消えそうになっていた。

そんな河崎監督を救ったのが全国の指導者仲間である。指導者仲間達からの激励のメッセージに再び奮い立った河崎監督は翌年の選手権で全国制覇を果たす。フェスティバルやリーグの開催により築いてきた全国の指導者仲間との絆が河崎監督を救ったのである。

人間教育

「サッカーは人間がやるもの、人間が磨かれていない奴はできない」これが河崎監督のぶれることのない信念である。サッカーだけではなく社会に出ても通用する選手を育成する。

選手達も口を揃えるのが、3年間を通した人間性の成長である。サッカーと人間教育は一対であるという信念が星稜を全国の強豪に育てたのである。

最後に

全国には河崎監督のような情熱を持った指導者は数多くいる。しかし、何が必要か考え、すぐさま行動に移す河崎監督の行動力は誰よりも秀でている。新しい試みも取り入れ、ますます成長を続ける星稜のサッカーを今後も注目していきたい。

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