スポーツ情報&応援サイト すぽたま

スポーツをこよなく愛する者が、競技、選手、チーム等の注目した情報を書いていきます。

京都翔英野球部、浅井敬由監督の指導法

   

京都の夏を初めて制した京都翔英高校野球部。龍谷大平安、福知山成美などの京都を代表する強豪を抑えての初出場である。率いるのは浅井敬由監督である。就任わずかで京都翔英を甲子園に導いた浅井監督の経歴と指導法について調べてみた。

スポンサーリンク




経歴

浅井監督は三重県出身で高校は愛知の名門東邦に入学した。名将阪口慶三監督の指導のもと1977夏の甲子園に出場し、当時1年生の坂本佳一投手を擁して準優勝を果たしたメンバーの一人である。早稲田大学に進学しても野球を続け、卒業後は仙台育英のコーチ、名古屋産業大学の監督などを経て2015年12月に京都翔英の監督に就任した。(阪口監督の記事はこちら)

監督に就任してすぐ打撃を強化し、年が明けた春の京都大会では強打のチームになっていた。準決勝では龍谷大平安を打ち崩すなど力を見せて優勝を果たす。迎えた夏も全試合を2桁安打で勝ち上がるなど強力打線で決勝進出。決勝でも福知山成美に圧勝して初優勝を飾った。

打撃練習

強打を生み出したのは浅井監督の打撃練習である。まず木製バットでの打ち込み、続けて金属バットで打ち込む。芯で捉える事を念頭において木製バットで打ち込んだあと、その感覚で金属バットでうちこむのだ。

浅井監督は大学野球の指導経験もあるので早くに木製バットに慣れさせるという考えもあると思う。選手の特性を掴むのも上手く、少しのアドバイスで打撃が向上することも多々あった。選手からの信頼も厚い。

練習時間

浅井監督になって変わった事は練習時間の短縮である。短縮といっても集中して練習できる時間を考えた結果である。だらだらと長時間練習するよりそのほうが効率的だと浅井監督は考えた。

選手達は準備や移動などを考えて短縮し、練習時間を確保するように工夫しはじめた。その結果引き締まった練習ができるようになり選手も短期間で成長していった。

自己管理

浅井監督はランニングなどの体力作りは選手に任せた。自分にはどれくらいの走り込みが必要か考えろという事だ。選手はやらされていた練習からやる練習に変わったことで自己管理の意識が高まった。

目標設定も自分たちで行うので手を抜かなくなった。時折ある浅井監督の声掛けにより選手はモチベーションの高いまま練習を重ねることができた。自己管理はこれから野球選手として、社会人としても欠かすことのできないものである。浅井監督は選手の将来を見据えて指導している。

まとめ

京都翔英は2013春に一度甲子園を経験している。そのときは敦賀気比(福井)に敗れ、初戦敗退だった。まだ甲子園での勝ち星は無い。浅井監督とすれば何とか甲子園の勝ち星が欲しいところだ。京都大会の優勝インタビューで流した涙を甲子園でも見たい。京都翔英の健闘を祈っている

スポンサーリンク




 - 野球