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尚志高校サッカー部を強豪に育てた仲村浩二監督の指導スタイル

   

福島県の尚志高校サッカー部は全国でベスト4にも入った事のある強豪校である。尚志を率いるのは仲村浩二監督である。仲村監督は創部から尚志の指揮を執り、チームを強豪に育て上げた。そんな仲村監督について調べてみた。

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経歴

千葉県出身の仲村監督は強豪習志野では本田裕一郎監督(現流経大柏監督)の指導の元でサッカーの腕を磨き、全国大会にも出場している。(第69回全国高校サッカー選手権大会ベスト4優秀選手)

順天堂大学時代にはバルセロナ五輪予選の日本代表メンバーに選ばれた。同期には名波浩(現ジュビロ磐田監督)がいる。卒業後は福島FCに所属した。当時からプロへは行かずに指導者の道を志していた事から、福島の尚志が共学になる事で創部されたサッカー部の監督に就任した。

監督就任3年目に新人戦を制するが、全国高校サッカー選手権に出場するには9年かかった(第85回全国高校サッカー選手権大会)。第90回全国高校サッカー選手権大会では福島県勢として初のベスト4進出を果たした。

指導法

仲村監督の指導は褒めて伸ばすスタイルである。もちろんチームとしての約束事が出来ない場合は厳しく指摘するが、良いプレーをした時はしっかり褒めている。ボールを扱う技術と一対一を中心に据えて練習する。サッカーはドリブル突破が醍醐味という考えからである。選手の個性を尊重し、伸ばす事にも定評がある。

サッカー部創部当初はヤンチャな生徒が多かった事から人間教育にも力を入れる。頭ごなしに言うのではなく、強豪校の練習態度、ピッチ外での振る舞い等、良い見本を見せてみて自分達で考えさせるようにしている。

見本となった指導者

仲村監督には手本となった指導者がいる。一人は習志野時代の恩師、本田監督である。習志野では足下のテクニックを叩き込まれ、自身の高校選抜、日本代表メンバー入りに繋がった。また「学校に応援されるようなチームを作れ」と言われた事が後に尚志を全国の強豪に育てる上で大切な事だと解った。

もう一人は四中工樋口士郎監督である。監督になった頃、本田監督に「怒らない監督がいる」と紹介されたのがきっかけで、樋口監督の指導をベンチ裏で見て学んだ。個性を尊重して褒めて伸ばすスタイルに大きな影響を及ぼした事は間違いない。二人は全国ベスト4の舞台で再会を果たす。(第90回選手権準決勝 尚志1-6四中工)

県内と県外のメンバー

尚志は仲村監督の出身地である千葉県を中心に県外のメンバーが多い事もあった。福島県内の強豪校に福島県のメンバーが入ってしまう事も要因の一つだが、尚志でサッカーがしたいと入ってくるメンバーが大勢居た事も事実だ。一番大切なのは、選手自身の意志であり覚悟なので、いわゆる県外留学を私は良しと考えている。

尚志に入った県外メンバーが、チームに良い影響を与えているのも事実である。県外から来てサッカーをさせてもらえる事への感謝、両親への感謝、そんな「尚志で活躍するんだ」という覚悟を持った選手達が尚志を支え、県内メンバーも引き上げていったのである。

いまでは尚志OBメンバーがジュニアユースチームを立ち上げ、県内選手の強化を図ると共に、尚志へメンバーを送り込む事に一役かっている。仲村監督にとっても心強い支えである。

学校の応援

尚志では学校をあげてサッカー部を応援している。尚志のスクールカラーは深緑だったが、県内に同じカラーがあったのでユニフォームは仲村監督の母校のエンジにした。今ではスクールカラーもエンジか?と思わせるような統一感であり、チームスローガンが学校のパンフレットに使われている

プリンスリーグ東北でホームで試合の時は生徒も応援にきてくれ、それが大きな力になっていると仲村監督は実感している。本田監督の「学校に応援されるようなチームを作れ」の大切さを仲村監督は実感したのである。

最後に

今や尚志は福島県高校サッカーの顔である。全国大会でも勝つ事を求められるようになってきているが、まずサッカーを楽しむ事が大切という仲村監督の信念は揺るがない。そんな仲村監督率いる尚志の活躍をこれからも期待して見ていきたい。

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