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高藤直寿選手、日本男子柔道復活の切り札

   

男子柔道60キロ級で野村忠宏さんの後継者と期待されているのが高藤直寿選手である。2012ロンドンオリンピックでは金メダルを獲得できなかった日本男子柔道にとって高藤選手にかかる期待は非常に高い。高藤選手の経歴と天才と称される強さの秘密に迫ってみた。

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経歴

高藤選手は栃木県に生まれ海老沼匡選手と同じ野木町柔道クラブの門を叩き、小学生の全国大会で優勝を果たす。東海大相模中学校に入学し、3年生の時に全国中学校柔道大会で優勝東海大相模高校でも2年、3年時にインターハイを連覇、3年生の時に全日本ジュニア・世界ジュニアで優勝を果たした。これで高藤選手は小、中、高すべての全国大会を制したことになった。

2012年には東海大学に進学、この頃から国際大会でも活躍し始める。2013年の世界選手権では20歳の若さで世界チャンピオンになった。2014年の世界選手権では不可解なジャッジにて準決勝で敗れると、高藤選手は乱れた。

度重なる規律違反で強化指定選手のランクを降格されるも、井上康生監督の熱い指導により復活。また結婚したことから責任感が生まれ、国際舞台での強さも戻ってきた。国際舞台では無類の強さを発揮したことでリオデジャネイロオリンピックの代表に選ばれた。

対応力

高藤選手はしっかり組んでも柔道ができるうえ、決まった得意技は無く多彩な技をかけることができる。そして極めつけは相手の動きに合わせて戦う事ができる。色んなことができるのが高藤選手の最大の強みである。

肩車を得意としていた高藤選手だが、ルール改正で足への攻撃ができなくなった。そこで高藤選手は足を掴まない肩車を開発してしまった。また、身長の高い選手奥襟を掴まれたときに身体を密着して投げる「高藤スペシャル」という技も開発してしまった。どんな技が出るか高藤選手の試合から目が離せない。

井上康生監督との絆

前途したように2014年の世界選手権以降、高藤選手の規律違反で指定選手のランクが降格したことがあった。指導していた井上監督は自身の指導の反省する形で丸坊主にした。その行為に深く反省した高藤選手は自身も丸坊主にして復活した。

奇しくも高藤選手は世界選手権で初めて井上監督に金メダルをもたらした選手である。高藤選手は井上監督に初めてのオリンピックでの金メダルをプレゼントするために何が何でも優勝すると決心した。

まとめ

高藤選手がリオデジャネイロオリンピックで登場するのは初日である。前回オリンピックで獲得できなかった金メダルを一番早く獲得するチャンスが高藤選手にはある。日本男子柔道のためにも高藤選手の活躍が必要である。対応力と井上監督との絆で高藤選手は勝ち上がると私は確信している。リオデジャネイロでの高藤選手の戦いを見届けようと思う。頑張ってほしい

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