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武田翔太投手を支える思考とドロップカーブ

   

福岡ソフトバンクホークスのエースである武田翔太投手。ここに至るまで様々な事があったが全てプラスに変えて成功をおさめた。そんな武田投手について調べてみた。

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宮崎での少年時代

愛知県出身の武田投手は6歳の時に宮崎に移った。小学生の頃に宮崎にキャンプに来ていたホークスに憧れを抱くようになった。武田投手からはホークスが一番明るい球団に見えたそうだ。

中学生の頃に武田投手は髄膜炎で入院する事があった。入院中に当時の担任教師から送られた本が武田投手を変えた。その本は心理学の本で内容は難しいがプラス思考の本だった。何度も読むうちに理解が深まり、その事が武田投手を成功に導いた。

ドラフト

宮崎日大に入学した武田投手はそのスタイルから九州のダルビッシュと言われ、注目された。しかし、最後の夏の予選では好投するものの足がつって降板。結局その試合で敗れてしまい甲子園出場はならなかった。

しかしその年のドラフト会議で憧れていたホークスから1位指名を受けてプロ入りした。育成の上手いホークスにとって伸びしろがある武田投手は魅力的だったに違いない。ホークス1年目から1軍投手の登録抹消につき、1軍に登録された。常に強気なピッチングで初先発初勝利など大活躍した。

健康食

高校時代、最後の夏もそうだったが、武田投手は足がよくつっていた。そこをどうにかしようと考え、健康食の勉強を始めた。栄養士なみの知識で料理の腕もぐんぐん上がっていった。

バラエティ番組にも料理の腕を買われて出演するなど活躍の場も広げることになった。自身の悪い癖を治そうとしたのがきっかけで野球以外の所でも活躍し出した。

ドロップカーブ

武田投手は小学生の頃にバレーボールをやっていた。そのスパイクのフォームが投球にも活かされ、武器を手に入れた。それがドロップカーブである。武田投手は縦のスライダーと考えていたが、コーチ陣はカーブと捉えていた。考えた結果ドロップカーブという名前になった。

長身で更にバレーボールのスパイクの要領で上から投げ下ろされるボールに回転を加える事によって、より落差の激しいボールを投げる事が出来た。このドロップカーブを武器に武田投手はホークスのエースになり、侍ジャパンメンバーにも選ばれた。

プラス思考

武田投手の躍進の鍵は間違いなくプラス思考である事だと思う。1年目の活躍から一転、2年目、3年目は相当苦しんだ。しかし、「失敗は成功のもと」という考えで這い上がり、今の地位を掴んだ。

中学生時代に読んだ本が竹田投手の今を支えている。武田投手の中にはピンチをチャンスに変えるという思考が備わっているそれが武田投手最大の強みであると私は考える。

まとめ

まだ若い武田投手である。今だ成長を続け、新たな球種も覚えているという。どれ程成長していくのか今から本当に楽しみである。武田投手の活躍を心から祈っている

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