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怪我を乗り越えて、頑張れ照ノ富士関!

   

横綱、大関で唯一20代なのが大関・照ノ富士関である。照ノ富士関はモンゴル出身で17歳で来日、スピード出世で大関まで昇進した。大関照ノ富士関について探ってみた。

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経歴

きっかけは母との観光旅行だった。その際に相撲を見て魅了された照ノ富士関は相撲留学を決意した。照ノ富士関は学業も優秀で柔道も強かったという。

強豪の鳥取城北に編入した照ノ富士関は3年生の時に総体団体戦のメンバーとして全国制覇を経験する。卒業後、間垣部屋に入門、師匠の現役時代の四股名にちなんで「若三勝」の四股名でデビューする。(師匠の間垣親方「元横綱2代目若乃花」以前は「若三杉」)

幕下まで序の口、序二段、三段目をそれぞれ一場所で通過してきた照ノ富士関だったが、幕下で負け越し、部屋の消滅を経験する。しかし元横綱旭富士の伊勢ヶ濵部屋に移籍し、また凄い勢いで勝ち進み出した。

関取になったのをきっかけに、四股名を現在の照ノ富士に改名(横綱「照國」+横綱「旭富士」)。2015年3月場所で13勝2敗、5月場所で12勝3敗で初めての幕内優勝を果たして大関に昇進した。

大怪我

大関二場所目の2015年9月場所、優勝決定戦までもつれ込むも横綱鶴竜関に敗れた。その場所後、右膝の前十字靭帯損傷、半月板損傷の大怪我を負っている事が解った

照ノ富士関は相撲が取れるなら怪我を押しても出場する。その結果、大負けする事もある。大関の責任を果たすという心意気は本当に立派であり、頭が下がる。しかし、一方でしっかり休んで膝を治してほしいという思いもある。

自分の型

照ノ富士関は強い人は自分の形を持っていると考え、自分の型を模索した結果、右四つという答えに達した。大関になってから更にその形に磨きをかけようとした矢先に上記の怪我に見まわれた。

場所の出来も膝の調子次第で激しい浮き沈みがある。粘り強い四つ相撲が特徴の照ノ富士関にとって膝の負傷は非常に痛い。取り口を考える時かもしれない。

ライバル

照ノ富士関のライバルは遠藤逸ノ城といった所である。特に遠藤関には闘志むき出しで相撲をとる。私の中でも白鵬‐稀勢の里に次ぐ楽しみな対戦である。

逸ノ城関は来日も一緒、高校の寮も一緒という仲である。出世は若干逸ノ城関に先を越されたが、後に逆転した。水入りの相撲もあったくらい二人の対戦は熱く激しい

まとめ

テレビの出演者も多い照ノ富士関、そこでは明るくニコニコしている姿が映る。愛称も「てるる」と某アイドルグループ並みのかわいいものである。

相撲ファンにも愛されている、横綱大関陣は照ノ富士関を除き、皆30代である。若い力士の先頭に立って頑張ってもらいたい

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