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東北高校野球部、我妻敏監督の方針と改革

   

宮城県の高校野球を引っ張る私学2強のうちの1校東北高校。率いるのは我妻敏監督である。2016夏はライバル仙台育英に競り勝ち、甲子園出場を決めた。我妻監督の経歴と指導方針について調べてみた。

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我妻監督の経歴

我妻監督は東北高校時代の2年生の時に春の甲子園に出場、3年生になってからは背番号10番の主将として活躍した。東北福祉大学に進学すると4年生の時に副主将として全日本大学野球選手権大会で優勝した

大学卒業後には一般企業の営業をしていたが2005年に東北高校野球部のコーチに招聘された。2008年に監督に就任すると2009夏の甲子園出場に導いた。一度はコーチに戻ったが2013年から再び監督に就任した。2016夏の予選では準決勝でライバルの仙台育英を延長戦の末降すと、決勝では利府を破って甲子園出場を決めた。

メンバー争い

100人以上いる部員の中でのメンバー争いは熾烈をきわめる。東北ではBチームからの昇格も頻繁に行われている。宮城県の地区大会は試合ごとにメンバーの入れ替えができるため、誰にでもチャンスはあるその事が部員のモチベーションにも繋がっている。

夏は20人に決まってしまうが、それまで選手たちは自分と戦い続ける。我妻監督には自分自身と本気で勝負した選手はメンバーから外れても仲間を本気で応援できるという持論がある。チームの一体感も東北の強さの秘密である。

一芸に秀でた選手

東北高校でのベンチ入り選手は一芸に秀でた選手が多い。我妻監督がそういう選手を好むからだ。とにかくバントが上手い、足が速いなどチームナンバーワンの選手がベンチに入る事が多い。

しかし日頃の取り組みや生活態度も評価の基準に入ってくる。赤点などもってのほかである。練習、練習外の取り組みにも注目して我妻監督はメンバーを決める。

自主性

東北は2016夏、実に7年ぶりの夏の甲子園を決めた。そこにはチームの選手たち自身が行った改革があった。与えられたメニューをこなすだけの練習を自分たちで考えだした。なぜ6年間も勝てないのかを考えミーティングを繰り返した。

自分たちの実力はどれくらいかを考え、目標をミーティングで決めた。生活態度から見直し、自分たちで伝統を作ると決めた。結果、自分たちに対して厳しい選手が増え結果に結びついた。

まとめ

仙台育英という最大のライバルの活躍がが東北の刺激になっている。仙台育英を越えるには全国制覇しかない。東北に甲子園の優勝旗を最初に持って帰るのはどこか。すでに東北地方の野球のレベルはいつそれを達成してもおかしくないレベルにきている。

我妻監督の目標はまず一勝だとは思うが、その先を目指して頑張ってほしい。東北高校の健闘を祈っている

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