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東海大札幌、大脇英徳監督の経歴と指導法

   

近年の高校野球、南北海道勢の活躍が目覚ましい。その中でも東海大札幌の躍進は記憶に新しいと思う。東海大札幌を率いるのは同校野球部OBでもある大脇英徳監督である。今回は大脇監督について書いてみたい。

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経歴

大脇監督は当時の東海大四高校(現東海大札幌)野球部に入部すると、主将で捕手という大黒柱の役割を任された。大脇監督の活躍もあり1993夏の甲子園に出場すると、東福岡を4-3で降して初戦突破を果たした。次戦は修徳に3-4で惜敗するも、延長戦の死闘を演じた。

系列の東海大学に進学、名将・原貢監督の指導のもと、捕手としてプレーした。大学卒業後は北海道に戻り、社会学野球(NTT北海道)を経て母校に戻った。野球部では当初は部長を務め、2004年に野球部監督に就任した。

当時の南北海道は駒大苫小牧の力が強く、北海北照札幌第一等の強豪に甲子園の道を阻まれ続けた。しかし2014夏には西嶋亮太投手を擁して、大脇監督の現役時以来21年ぶりに夏の甲子園に出場、初戦突破を果たした。翌年春も甲子園に帰ってくると、快進撃で決勝進出、敦賀気比に敗れはしたが準優勝をおさめた

指導方針

大脇監督は大学時代の原貢監督の指導に大きな影響を受けた一人である。「野球人である前に教育者であれ」という教えを守り、選手にも野球以外の生活面での指導に力を注いでいる。また野球の技術以上に「諦めない心」「目の前の事に最善を尽くす」等、野球に対する姿勢を指導する。

大脇監督の指導を受けた西嶋投手も、将来は大脇監督監督のような指導者になりたいと話す程、選手からの信頼を得ている。現役時代の捕手の経験から伏見寅威(オリックス・バファローズ)を育てた。大学野球でも活躍する選手を多数輩出している。

挫折を経て

元々熱血漢だった大脇監督はその熱い指導が行き過ぎる事もあり体罰による謹慎処分を受けた事もあった。何度も何度も強豪に跳ね返されて、監督を辞めようと思った事もあるらしい。

苦悩の末、行き着いたのが選手にも考えさせる事全てを教えない事だった。監督という立場でチームを遠目から見つめ直す事ができるようになり、結果も出るようになってきたという。

投手を鍛える

大脇監督は甲子園大会前の練習試合で、審判にお願いして、あえてストライクゾーンを狭くしてもらったという。2014夏の西嶋投手、2015春の大沢志意也投手も苦戦を強いられた。しかし、その後に制球力がついたのも事実である。

また、大脇監督自らブルペン捕手を務め、構えた所から外れるとアヒル歩きでボールを取りに来させるなど、コントロールと足腰を同時に鍛えた。西嶋投手、大沢投手もそういった練習を乗り越えて甲子園で結果を残した。

捕手出身監督

大脇監督は相手バッテリーの配球を読み、打つ球を具体的に指示する事があるという。捕手出身である大脇監督ならではの采配である。その際、ボール球に手を出しても空振りしても構わないというルールであるという。選手達も精神的に楽な気持ちで打席に立てるのだと思う。

その結果、力は落ちると考えていたチームでも得点を重ねる試合が増えてきた。2015春の甲子園では、その成果が出て準優勝する大活躍を果たした。

最後に

北海道も駒大苫小牧の連覇や、東海大学札幌、北海の準優勝で全国屈指の強豪地区とされている。校名が変わってもその活躍を甲子園で見せて欲しい。大脇監督と東海大学札幌の躍進を願っている

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