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東筑野球部、青野浩彦監督 伝統の思考力野球

   

福岡県の公立の雄、東筑。率いるのは東筑OBで自身も主将として夏の甲子園に出場した事がある青野浩彦監督である。東筑を再び甲子園に導いた青野監督について書いていきたい。

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経歴

青野監督は東筑の野球部に入部すると喰田孝一監督の元で主将として活躍、1978夏の甲子園に出場して2勝を挙げた。卒業後は筑波大学に進学、その後、北九州の監督に就任した。

1994年から喰田監督の後を継ぎ、東筑野球部監督に就任すると1996夏、1998春の甲子園に出場を果たした。1996夏には盛岡大付から甲子園初勝利を挙げている。その後、一度鞍手の監督を経て再び東筑に帰ってきた。2017夏、私立強豪を次々に破り、21年ぶりの夏の甲子園出場を掴んだ

喰田イズム

東筑を強豪に育てたのは喰田元監督である。喰田さんは元近鉄・オリックス監督の仰木彬さんとバッテリーを組んで1953夏の甲子園に出場した。これが東筑としての甲子園初出場である。(初戦0-3浪華商)

喰田さんの元で主将として活躍した青野監督は、当時珍しかった選手が考える野球を継承している。喰田監督は頭を指すサインを出す事があった。これは「俺の出したいサインを考えて実行してみろ」のサインなのである。青野監督は「選手自身も工夫していた」と述懐する。

思考力を鍛える

選手自身が考える野球をする東筑にも、厳しい時期があった。進学校ゆえに周囲の私学強豪に押され選手確保がままならなくなってきた。練習時間も限られ、環境も他クラブとグラウンドを併用している状態なので決して良い環境とは言えない状態だった。

それでも、それを言い訳にせず戦ってこれたのは伝統の思考力があったからである。打撃練習が出来なければ守備を鍛え、時間は自分たちで見つけて補う。そんな思考力があったからこその東筑復活なのである。

石田伝説

東筑には石田伝説なるものがある。6度の夏の甲子園出場のうち、実に4度チームのエースが石田姓なのである。

1972年の石田義幸投手1978年は石田大介投手1996年は石田泰隆投手。そして2017夏は石田旭昇投手である。

ここまでくれば単なる偶然とは思えなくなるのも分かる気がする。長い伝統とたゆまぬ努力が作った伝説であると思う。

公立の雄

青野監督自身がもう公立の高校が福岡県代表になる事は無いんじゃないかと思っていたという。それほど福岡県の私立強豪の力は強い九州国際大付西日本短大付福岡工大城東九産大九州など、数えあげればきりが無いくらい強豪がひしめき合っている。

そんな中、九産大九州、福岡工大城東、西日本短大付、福岡大大濠と次々に破った2017夏の東筑は正に公立の雄である。東筑の活躍で奮起する公立の高校も増えるだろう。これからの福岡の高校野球が楽しみである。

最後に

東筑、青野監督の考える野球は野球でも、社会に出ても役に立つものである。東筑の選手達が自ら考え、甲子園で躍動する姿を楽しみにしている。東筑・青野監督のこれからの活躍を期待している。

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